Vol. XII, No. 80 平成十八年八月二十三日

戦争に関する歴史の判断は、結果で決る。勝った戦争が良い戦争になる。このポイントを哲学者ヘーゲルに言わせると「力は正義なり(Might is right.)」となる。だが、歴史の判断がヘーゲルの原則を踏み外すことは余りない。「勝てば官軍・負ければ賊軍」が世の常だ。だが日本には大きな例外がある。日米戦争は日本が敗北したが、今でも日本人は「だから悪い戦争だった」「避けるべきだった」とは認めない。しかしアメリカ人の前で「良い戦争だが負けた」とは言えない。そこで「後世史家の判断に任せる」という竹下登の処方箋が登場した。

安倍晋三が竹下登の処方箋を再び登用している。[1] 安倍は、「(戦争責任は)歴史家が判断することではないか」というのだ。祖父である岸伸介が「A級戦犯」容疑者だったからであろう。

私も竹下の処方箋が維持されるべきだ考えている。国家の戦争責任といった問題は、如何なる政府であろうとも、それを一方的に決定して、他国に服従することを要求できない。東京裁判がそうしたのは占領下の特殊事情によるものだ。

戦争責任を討論する、最低限の条件は言論と学問の自由であり、これを私は絶対に放棄できない。わが国の文部科学省に対しても放棄できない。ましてや、中国や韓国の政府にも放棄できない。歴史の判断は、事後的に決るものでない。

歴史の判断は「勝てば官軍、負ければ賊軍」というもので、厳正なものだ。日本人の間には、我々が日中戦争で中国に負けたのだという事実を忘れている者がいる。戦争の是非、大義は勝者が決める。これは日米戦争の例外を除いて、そう悪いことではない。

日中戦争での日本の役割は侵略だった。白馬の騎士になりたければ、勝たねばならない。敗戦国が白馬の騎士になろうとするのは馬鹿げている。これは恐らく日本人だけの特殊な傾向でないのか。肝心の戦争に負けたのに、面子にこだわるのだ。

大事なことは、戦争とは石に噛り付いても勝つために戦うものだという点だ。絶対負けてはならない。即ち、勝てる見込みの無い戦争に突っ込んではならないのだ。日米戦争においては、日本には戦争回避の選択はなかったと思う。だが日中の場合には回避できた。石原莞爾の選択があった。盧溝橋での「挑発」などというのはフィクションである。

ともかく中国人には自国の領土で日本と戦う権利がある。日本が中国の領土で八年間も戦って、それでも侵略でないと言い張るには勝たねばならない。それだけだ。

日本人には恐るべき欠陥がある。日本は米中両国と同時に並行して戦った。真珠湾の時点で、日中戦争は完全に膠着した対峙戦争で、勝つ見込みはなかった。だから中国との戦争をアメリカとの戦争にエスカレートしたのである。だが、勝てない戦争を二つ繋いでも、勝てないのである。

戦争は大義のためにやるのでない。戦争とは勝つためにやるのが目的だ。勝つことが大義である。勝てば何とでも正当化できる。日本人は愚直に過ぎる。アメリカ政府は、ドイツが強敵であることを知っていたので、ソ連に全面的に委託して、大規模な介入を避けている。

独ソを咬みあわせて、双方を疲弊させるのが狙いだった。アメリカは専ら日本とイタリアとの戦争を引き受けている。日・伊がドイツより弱いのを計算の上でだ。アメリカの老獪さと日本の愚直さを比較して欲しい。

この次は必ず勝たねばならない。利口になるのだ。


[1] 「靖国重荷・ポスト小泉の安倍氏・参拝明言せず・A級戦犯否定」、朝日、8・16・06.

岸信介は犯罪人でない。「日本において彼らが犯罪人であるかといえば、それはそうではないということなんだろう」。「(戦争責任は)歴史家が判断することではないか」。


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